地域情報

大学通り(国立市)

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国立駅の南側駅前にロータリーがあり、そこから南へ谷保駅まで一直線の通りが続きます。
それが「大学通り」と呼ばれ、春は桜並木、夏は緑葉並木、秋は紅葉並木と四季折々で美しく姿を変えます。

一番有名なのは、春先の桜並木です。
この季節になると、沿道や周辺レストランなどは、予約で一杯となります。
国立駅の立川方面のホームより、大学通りを遠くまで見通せるので、写真スポットになっています。

あとは、谷保側に陸橋があり、そこから国立駅側を撮影するのもグッドです。
シーズンになると多くの人がその陸橋に登るので、真ん中で落ちないか心配になるくらいです。

夏は緑がおおい繁り、鳥やセミなどたくさん見かけることができます。

冬は、クリスマスのシーズンになると、並木にイルミネーションを飾り、
夜は幻想的な風景となります。

これも、居酒屋トークで「大学通り」について聞いた話ですが・・・
大学通りを計画する際、飛行機が離発着できるように一直線にし道路幅も広くしたのだということです。
定かではありませんが、何となく「そうかもね!」と思っています。

むかし、この通りの両側に東京商科大学(現:一橋大学)の誘致を計画し「大学通り」の名をつけていたらしいです。
その後、実際に大学が移転してきてから、大学通りという名称がが浸透していったとのことです。

大学誘致のために、通り名も合わせてしまうなんて、気の利いたかんじですねー

たまらん坂

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国分寺市へ通じる道で、国立市にある「たまらん坂」は、あるアーティストに関連して有名になった場所です。
場所は東京都国立市東3丁目から国分寺市内藤2丁目に抜ける通り(多喜窪通り)にあ
り、
今はたまらん坂の上り口の信号の所に、「コープとうきょう たまらん坂店」があります。

坂の名称の由来は、東京商科大学(現一橋大学)の学生が、
急な坂に対して思わず「たまらん」と、口走ったことが名前の由来と言われています。
当時は今よりも坂が急で、舗装もされておらず上り下りが大変だったとか。

その後、少しなだらかになったのですが、それでも急な坂のため、
坂を登るとき自転車を降りてオスがほとんどです。

当時のは東京商科大学(現一橋大学)の学生が通学するとき、
国立駅は開業していたものの、ほとんどの列車は国分寺駅まで折り返し運転だったため、
国分寺駅からの通学を余儀なくされていたとのこと。
国立駅に停車したのは長距離列車の一部に限られていたためです。

RCサクセションの故:忌野清志郎がこの坂の界隈に住んでいたときに、
「多摩蘭坂」という曲をつくったことから、この坂が有名になりました。
それ以来、多くのファンがたまらん坂を訪れるようになったと言われています。

知人に熱狂的な忌野清志郎ファンがいるのですが、
自分の子供の名前に同じ清志郎と名付けるほど心酔していました。
当然その知人も、聖地としてたまらん坂を訪れたと言っていました。

地元民の自分にとっては、
ちょっと急な面倒な坂くらいにしか思っていなかったのですが、
そんな由来があり、聖地になっていたとは知らなかったですね・・・

いまでも、冬に雪が降ったときは、滑りそうで危ない坂です。

国立駅、駅名の由来

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「JRの国立駅は、どうして”くにたち”という名前になったか(由来を)知ってる?」

国立市のある居酒屋で仲良くなった常連客から聞かれ、
しばらく考えてみたけど、思いつかなかったので分からないと答えると、
その常連客は次のように教えてくれました。

「答えは単純。国分寺駅と立川駅の中間にあるから、
 両隣の「国分寺駅」と「立川駅」から一文字ずつとって名づけられたんですよ」

・・・ホントかな?って少し疑ってみたら、
その常連客は不動産業をしているらしく、そういったウンチクにも詳しいのだとか・・・

念のために、帰宅してから調べてみたら、
確かに同じようなことが書いてありました。

ちなみに、通常は駅名は「国立市」など行政区名が駅名になることがほとんどなのですが、
実はその逆で、駅名ができてから行政区域名が「国立市」となった珍しい例らしいです。

でも隣の駅は「国分寺駅」ではなく「西国分寺駅」なんですよね・・・なんで?と思い、
さらに調べてみると、「西国分寺駅」は「国立駅」ができた後につくられた駅なので
当時は存在していなかったとのこと。納得です。

へー、そーなんだー。
居酒屋トークでも、たまには勉強になるなーって思った一日でした。